心豊かな霊園
二○○七年八月のパリバ・ショックで、米サブプライム住宅ローンの焦げ付き問題が米金融機関の損失にとどまらないことが明らかとなった。
しかし当初は、イギリスでは政府・金融当局も含め、その深刻さを十分把握しきれていなかった。
米サブプライム住宅ローンの関連資産の保有規模が、ニ○○七年末時点で英金融機関の総資産の一・七%程度であり、米投資銀行の七・二%、米商業銀行の三・五%と比較して、限定的と考えられていたからである。
だが、米サブプライム住宅ローンの焦げ付きが未曾有の信用収縮を伴い始めると、イギリスも安閑とはしていられなくなった。
英RMBS(住宅ローン担保証券)残高は二○○八年第1四半期時点で二八○○億ユーロと、アメリカの四・七兆ユーロと比較すると桁違いに小さい。
しかし、九○年代初頭の英住宅市場の低迷期のあと、一九九七年にはイギリス市場でのMBS(不動産担保証券)を含めたABS(資産担保証券)発行額が、アメリカに次ぐ世界二位となった。
発行額がピークをつけたニ○○六年第4四半期には、RMBSだけで四○○億ポンド超を発行している。
そして、大きく分けて以下の三点から、イギリスのRMBS市場は激震に見舞われ、英金融機関も巨額の損失を発生させることとなった。
一点目は、米金融機関が米サブプライム関連損失の補填や、デフォルトリスクの回避のために、ている。
以下、イギリスの状況を説明しよう。
世界中から資金を引き揚げたことである。
英RMBSの四割がアメリカ保有であった(イギリス保有は三五・○%にとどまる)。
またRMBSの投資家別保有構成は、投資ファンド(四二・○%)、銀行(三五・○%)、SIV(一○・○%)だった。
つまり、サブプライム住宅ローンの焦げ付きで危機的状況となった米金融機関・投資家が、英RMBSの多くを保有している可能性が高かったのだ。
二点目は、英住宅市場がアメリカの二の舞になるだろうと危倶されたことである。
一九九六年以降、英住宅価格は前年比で二桁の伸びとなる期間が幾度となく訪れ、英住宅市場はアメリカと同様バブルと言われていた。
同時にBOEが住宅市場鎮静化を図って、政策金利を二○○七年七月に五・七五%まで引き上げた結果、消費者の利払い負担が拡大した。
住宅ローンのデフォルトが危倶され、世界中の金融機関の拒絶反応からクレジット・スプレッドが拡大した。
三点目は、カバードボンド(住宅ローン等の資産を担保として金融機関から発行された債券)残高が八二○億ユーロと、アメリカの一二九億ユーロより市場で流通していたことである。
イギリスの住宅ローンなどを裏づけとする証券化商品から発生する損失額は二○○八年四月時点の六ニ七億ポンドから、同一○月時点でニ三六億ポンドと約二倍に達した(ただし、BOEによれば、この損失額はイギリスの信用力の高いプライムRMBSの九%程度、信用履歴に問題のある者への住宅ローンをベースとするノンコンフォーミングRMBSのニ割程度と、米サブプライム・ローンの四割規模と比較して小さいとしている)。
ヨーロッパでは、スペインやアイルランドも住宅バブルとされていた。
しかし、二○○七年八月の市場の混乱を契機に住宅価格の上昇率が急激に鈍化したのはイギリスだけである。
英住宅価格は二○○八年四月には前年割れに至った。
その理由として、家計が金融機関への依存度を高めていたことが指摘できる。
イギリスでの銀行の家計への貸付に見られるように対GDP比で九三%である。
この家計への貸付のほとんどが住宅ローンで、住宅ローンの対GDP比は八三%となり、これはアメリカと同水準である。
しかも、対所得ベースの負担を見ると住宅ローン返済負担は、ここ四年は二五%程度と、一九九三年から二○○三年までの平均一五%から急増していた。
アメリカではこの比率が二%程度であるので、住宅ローンが焦げ付く危険性はイギリスの方が遥かに高い。
この危険性は、パイ・トゥ・レットローンという賃貸目的の住宅購入に対するローンが発展したことで更に深刻度を増した。
二○○七年のイギリスでのREIT導入を見込んで不動産市況が活性化されていた点、移民の流入が加速し賃貸物件が逼迫していた点、一○年間近く実質ベースで常に住宅価格が上昇してきたという資産効果を見込んだ点などから、不動産投資が一般消費者まで浸透した。
三○○八年上半期のパイ・トゥ・レット・ローン残高は、住宅ローン総額の二一%に相当する一三○○億ポンドに達した。
しかし、金融機関がバランスシートの圧縮やキャッシュ化を急ぎ、資金を引き揚げたことで、消費者の不動産運用も窮地に立たされた。
二○○八年七〜九月期にはパイ・トゥ・レット・ローンの延滞率が一・六%まで急上昇してしまった。
ローン清算の方法として三一%が不動産物件の売却、一七%がローンの組み替えを選択しているが、前者は住宅価格の下落で、後者は金融機関の住宅ローン金利引き上げで、困難BOEはレポートで、英住宅ローンの焦げ付きから発生するクレジット・ロスを算出している。
二○○八年七〜九月期の住宅ローンの返済延滞率は一・三%である。
これを踏まえて延滞率が二・八%まで上昇した時プライムRMBSのクレジット・ロスは九四億ポンドになると試算された。
これはプライムRMBS残高の四・九%程度の規模で、デフォルトはA格付け商品までとの見通しである。
延滞率が四・四%と一九九四年の四%を上回った際でもクレジット・ロスは一二○億ポンドで、損失波及もAA格付けの商品の一部までがデフォルトする程度で済むとしている。
ただ英政府も住宅ローン焦げ付きに対する金融機関のダメージ、不景気下の消費者負担を考慮して、住宅ローンの利払いが困難になった場合、利払いを政府保証する方針を固めた。
具体的には債務者のモーゲージ総額が四○万ポンドまでで、貯蓄が一万六○○○ポンド以下、他の救済プログラムを利用していなくて、政府が認めた場合、保証対象となる。
英家計は二○○七年までは(住宅を担保に借り入れた資金のうち、住宅関連に充てずに残った余剰資金)等、住宅の資産効果で所得が増え、それが消費拡大につながった。
住宅価格下落が継続する限り、民間消費には押し下げ圧力がかかり、企業業績は回復の契機がつかめないままとなろう。
また、イギリス人の住宅投資ブームは大陸ヨーロッパ経済の押し上げ材料ともなっていた。
イギリス人がセカンドハウスを海外で取得するケースが近年、急増していたのである。
九六年度(四〜三月)には二・五万件だった海外所在のセカンドハウスは、○六年度(四〜二一月)には二四・八万件と倍増した。
内訳はスペインが二一三%、フランスが二四%、その他ヨーロッパ合計で一三%となっている。
スペインの住宅バブル(とその崩壊)の元凶はイギリス人にあると言えるだろう。
ところで、金融セクターはイギリス経済にとってここ一○年で非常に重要性を増したセクターである。
ビッグ・バン以後GDPに対して一三%前後のウエートを占めていた金融業(事業サービスを含む)は、一九九七年以降、急速に拡大し、二○○七年には三○%に上昇した。
雇用も製造業の縮小分を補う形で、金融業がニ割を占めるに至った。
この構造はロンドン・シティの発展によって構築されたものである。
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